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今は亡き利根軌道と吾妻軌道。後をになう国鉄上越南線の事。

群馬北毛方言強め。

群馬の鉄道一次の設定はこちら

 「さみぃ」
1921年、冬。渋川停留所のホームで吾妻軌道は、手に息を吹きかけこすり合わせながら、定時になっても表れない利根軌道を待ち続けていた。
 本来なら発車する時間はとっくに過ぎているが、利根との乗り継ぎがあるために勝手に出発するわけにはいかない。
 今まで遅れることの多かった利根だが、今日はいくらなんでも遅すぎる。この寒さでは渋川停留所がある渋川町より北の沼田町では雪が積もっているだろう。もしかして雪の影響で戸鹿野橋手前にある急なS字カーブで脱線したのかもしれない。いくつもの嫌な考えが吾妻の頭を通り過ぎて行く。

 「まだ利根は来ないみたいだね」
不意の声に驚き吾妻が声のした方を振り向くと、そこには国鉄上越南線がいた。渋川停留所のすぐ近くにある渋川駅から出ることのない上越がここにいる事は珍しい。
「何で国鉄がここにいんだよ」
「何でって、俺もこれから利根との乗り継ぎがあっから今どうなってるのか気になってね」
笑いかける上越に対し、吾妻はぷいと横を向いてしまう。吾妻と繋がりのある路線皆が知っていることだが、吾妻は上越が嫌いだった。それは今に始まったことではない、初めて見た時からいけすかなかったのだ。私鉄のお前らとは違うのだといいたげに丹念に磨かれた靴。真新しい、一目見ただけでも仕立ての違いが分かる服。そして、この路線が渋川駅からさらに北まで開通すれば、親友の利根軌道が廃線になる事が決定しているという事。その全てが気に入らなかった。
 吾妻の自分への態度など気にせずに、上越は吾妻に話しかける。
「いくらなんでも、ちっと遅いね」
「…」
「北が雪の時はいつもこうなんかい?」
「知んねぇよ」
話の継穂がなくなってしまった上越は、吾妻と同じく利根の路線が続く方向を見ながら黙っていた。

 やがてレールの微かな振動と共に利根の車両が見えてくる。利根の姿を見つけた吾妻は、一目散に利根に駆け寄った。
「悪りぃ、だいぶ遅れた」
目の前まで来た吾妻の頭を撫でまわすと、利根は上越へと目を向ける。
「おめぇがここにいんのは珍しいな」
「吾妻が寒い中一人でいんのはおやげねぇから一緒に待ってたんだよ」
「誰がおやげねぇだと」
上越が発したおやげない(かわいそう)という言葉に逆上し、そのまま殴りかかりそうな勢いの吾妻を利根は引き止め、言葉を掛ける。
「乗客の乗り継ぎが終わったみてぇだ、もういぐんじゃねぇんかい」
「そうだ忘れてた。利根、また後でな」
急いで出発した吾妻を見送り姿が見えなくなったのを確認すると、上越は懐から煙草の箱を取り出す。そのまま利根に一本勧めると利根は素直に受け取り、懐から取り出したマッチで火を点けた。ゆらゆらと二つの紫煙が立ち上る。
「沼田は雪が積もってたんかい?」
「ちっとな」
「なら山の向こうはもっと降ってんだろうね」
上越は遠くに見える雪が積もった谷川岳を見つめた。
「山の向こうでは俺の片割れの北線が延びてきてんだって。早く会いたいねぇ」
その言葉に、普段表情を出すことの少ない利根の顔が微かに歪む。上越南線が新潟から東京方面へと延びる北線と一緒になること。それはその地域で活躍している他の私鉄の役割が無くなる事を意味していた。最初に廃線が決定している利根であったが、自分が無くなる事について悲しいという気持は不思議と持ち合わせていない。逆に、沼田町から渋川町まで行くのにかかった時間が大幅に短縮されるのだから、乗客にとってもこれ以上喜ばしいことはないだろうとすら考えていた。だが、他の路線はどう思うか。まだ生まれて日も浅いこの路線はこれから色々な困難に遭う事だろう。自分が路線延長工事に参加していることもあり、まるで弟のように感じている上越の今後をふと考えてしまう。
 「どうしたん、利根。そんな面で」
利根の表情が変わった事に気がついた上越は心配そうな顔を向けた。
「いんや、あんじゃぁねえよ」
先程吾妻にしたように利根は上越の頭を撫でまわす。その行為がまんざらでもないのか、上越はくすぐったそうな顔を見せた。
 「おめぇの時間は大丈夫なんかぃ」
利根の言葉に反応し、上越は手持ちの時計に目を向ける。いつの間にか出発する時間間際となっていた。
「もうそろそろだ、いってくらぁ」
急いで煙草を揉み消し渋川駅まで駆け出した上越の後姿を、利根はいつまでも見つめていた
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