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目蒲と池上。拍手のお礼だったもの。

作中の映画は小津安二郎の「生れてはみたけれど」

 1963年3月16日

 「今日は何を観に行こうか?」
目蒲は池上にこれから観に行く映画を選ぶように問いかけるが、すでに観る映画は決まっていた。今日から『人生劇場 飛車角』が封切られる。任侠映画が好きな目蒲は間違いなく観に行くだろう。
 だが池上の考えとは裏腹に、たどり着いた映画館は昔のサイレント映画を好んで上映している所だった。
「目蒲さん、人生劇場がやってるのは向こうの映画館ですよ」
「それはいつでも観られるだろう」
目蒲はさっさとチケットを買って映画館の中に入って行く。池上は急いでチケットを買う。その映画は池上と全く好みの合わない目蒲には珍しく池上の好きな監督の作品だった。しかも今から30年は前の作品である。

 薄暗い館内で空いてる席に隣同士で座る。スクリーンに映されているのはある家族の物語。ホームドラマに定評のある監督だけあって、何十年も前の映画でありながら内容に古さを感じさせなかった。
「今日は昔の君が見たくなってね」
目蒲の言葉に反応したかのようにスクリーンには蓮沼-蒲田間の大カーブを通過する電車が映し出される。その映像を見た目蒲は目を細め口元を緩ませた。
「変わらないな」
「…そうですね」
「でも、今の君とは違う」
「東急に入る前ですから」
それは今は亡き幼い弟と肩を寄せ合い2人だけで生きていた日々のこと。幸せな思い出は少ないが、それでも新奥沢がいてくれたおかげで特別不幸だと感じることもなかった。
 「君も私もいつまで過去に執着するつもりだろうね」
目蒲が呟いた言葉を、池上はあえて聞かないふりをした。

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