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多摩川と池上。小さな独占欲。

部屋の造りは趣味丸出しです

 決して煙草を吸わない池上から煙草の匂いがする。田園都市やこどもの国が吸う煙草とは違う匂い。つい先程までこの部屋に誰がいたのか、いくら多摩川でもそんな野暮な事は聞かない。この匂いと灰皿に残された吸い殻が全てを物語っている。
 多摩川も良く知るその匂いの主は普段は煙草を吸う素振りすら見せないのに、池上の部屋で会っている時だけは煙草を吸っているのだろう。今まで何度か同じ光景と遭遇している。そのため、多摩川はわざと灰皿の存在を無視し壁の一角に並べられている映画のビデオやDVDに目を向けた。

  「ここにある映画って全部観てんの?」
多摩川に出すためのコーヒーを用意し終え、それを机に置いた池上は多摩川が座っているソファの空いている場所に座る。多摩川は出されたコーヒーを口に含む。その途端コーヒーの苦い味が口の中一面に広がった。未だに飲み慣れない味。本当は牛乳や砂糖をたっぷり入れたコーヒーが飲みたいのだが、そんな物を飲んでいると大井町やこどもの国に馬鹿にされるのは安易に予想がついた。それに、池上が見ている前でそれを飲むのは変に格好悪く感じられる。
 「そうですね。もっとも一度映画館で観ている作品がほとんどですが」
あっさりと池上は言うが、多摩川の目線の先には今からでもレンタルビデオ店を開けそうなほど膨大な量の映画が並んでいた。これを全部観るのは並大抵のことではないだろう。しかも並んでいるのは古い映画が多く、聞いたことすらない題名の物も多々あった。
「昔は蒲田にもたくさんの映画館がありましたから、ほぼ毎日映画を観にいってましたね。話題作から誰も知らないようなアングラ作品まで手当たりしだい観てました」
「へぇ」
そう言われてみても、今の蒲田しか知らない多摩川にはいまいち実感が湧かない。多摩川が知っている蒲田は映画館は2つしかなく、しかも上映するのは有名な作品ばかりであった。

 ふと、池上には似つかわしくない作品が並ぶ箇所に目が止まる。「日本侠客伝」「網走番外地」や「仁義なき戦い」など物騒な題名ばかりが並ぶその場所。
「池上もヤクザ映画なんか観るんだ」
そう言われた池上は困ったような顔を浮かべた。
「好んで観てるわけじゃないですが、目黒さんが観直したいから置いておけというので…」
「それじゃあ、これも映画館で観た?」
「はい」
そして今もたまに2人一緒にこの部屋で観ているのだろう。生まれて月日の経たない自分と創始時代の路線を比べる事すらおこがましいが、それでも自分が知らない池上を兄が知ってるという事実に軽い嫉妬心が芽生える。
 そんな多摩川の気持ちを知ってか知らずか、池上は声をかけた。
「何か観たい物がありますか?」
「ここにあるやつじゃなくってさ、この前流行ったやつあったじゃん、もうDVDになってるからそれが観たい」
「分かりました、探しておきますね」
池上は微笑む。

 何も焦る事はないのだと多摩川は笑う。これからどんどん自分のものに染めていけばいいのだから。
  池上はコーヒーのお代わりを淹れるためにソファから離れる。その隙に多摩川は今まであえて目を反らしていた灰皿を手に取り吸い殻の火が完全に消えている事を確認すると、灰皿ごとゴミ箱に捨てた。

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