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東横と池上。

目黒蒲田電鉄と東京横浜電鉄合併のすぐ後。

 1939年11月

 ラジオから流れる天気予報では今日一日雨が止まない事を伝えていた。こんな日に運行するのは気が乗らないが、そんな我儘は言ってられない。池上は制服を着込むと譲り受けたばかりの和傘を持って部屋を出て行く。
 傘を差し建物の外に出た池上のすぐ前には背筋を真っ直ぐ伸ばした青年が洋傘を差して歩いている。まだ洋傘が高級品であり蝙蝠傘と呼ばれていたこの時代、その青年の姿はひどく目立った。
「東横さん、おはようございます」
「おはよう」
池上が近寄り挨拶すると、東横と呼ばれたその青年は池上の姿を認識し無愛想に反応を返す。
 目黒蒲田電鉄と東京横浜電鉄とが正式に合併してから1ヶ月あまり。どちらとも取締役社長が五島慶太であり姉妹会社の関係を長らく続けていたため東横も池上もお互いに相手の存在を知ってはいたが、接続のない路線同士一度も話す機会を迎えることなく合併に至る。そのため池上は合併後も東横や玉川達に距離を感じていた。
 
 池上は空を仰ぎ見る。 
「しばらく止みそうにないですね」
「そうだな、こんな日は国鉄の運行が遅れて困る。こちらにまで迷惑をかけないでもらいたいものだ」
東横の態度は時に威圧的にも受け取れたが、その揺るぎない自信はどこにいても肩身の狭い思いをしている池上には羨ましく思える。自信だけではない、新しい車両、新しく整備される駅、急行の存在、自分には手の届かない全てが眩しかった。
 「どうした」
「いえ、…蝙蝠傘を使ってる人が身近にあまりいないので珍しくて」
これか、と東横は洋傘を上にあげる素振りをする。
「そんな珍しい物でもあるまい。現に目蒲先輩は蝙蝠を使っているだろう」
「目蒲さんが使うようになったのは最近です。その前はこれを使ってたんですよ」
そう言うと、池上は自分の差している和傘を指さす。その傘の柄には目黒蒲田電鉄の社紋が今尚くっきりと刻まれていた。
「お前の傘、元は先輩の物だったのか」
「はい、傘だけじゃなくて他の物も目蒲さんのお下がりばかりです」
池上は苦笑いするが、それを聞いた東横は微かに口元を歪ませる。
 東横にとって目蒲は偉大な存在であり、常に自分との関係は友好的だと自負していた。それに比べて元は商売敵であった池上との関係はお世辞にも良いとは言えない。だが、ふとした瞬間、目蒲の池上を見る視線が柔らかくなるのに東横は気付いていた。それを見るたびに自分が入り込めない何かが2人の間にはあるのだと思い知らされる。池上相手に自分が劣るものなど何もなかったが、ただその一点だけに歯痒さを覚え、そして羨ましいと思う感情があるのが自分でも信じられないでいた。

 東横は空を仰ぎ見る。雨はまだ止みそうにない。

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