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多摩川と池上。東急旧5000系のこと。

 東急5000系を初めて見たときの衝撃を、池上は未だに覚えている。 
 それは秋が深まり始めようとしている頃だった。これから私の路線を走るのだと、東横が嬉しそうに見せびらかしに来たその車両。下膨れの特徴的なフォルム。透明感のある萌黄色。藍色と黄色のツートンカラーの車両がひしめく中でその鮮やかな色は一段と池上の目に眩しく映った。「青ガエル」と呼ばれたその車両を走らせている時は東横も心なしか自慢気な顔をしていたような気がする。 
 その後、田園都市線や大井町線に運用され最終期には目蒲線に使用されても、最後まで池上線に走る事はなかった。東急内で完全廃車が決まり走る姿が見られなくなったのはもう20年も前のこと。

  「あー、うっとうしい」
蒲田駅のホームで多摩川は忌々しげに叫ぶ。午前中から降り始めた雨は止む気配すらないままレールを濡らしていた。ホームで発車までの時間を潰していた池上は、いらついている多摩川に声をかける。
「梅雨ですからね、雨が降るのはしょうがないですよ」
諭すような言葉をかける池上の顔を多摩川は呆れたような顔で見た。
「お前は鬱陶しくないのかよ」
「こういう雨の日は昔を思い出しますから」
池上も特別雨が好きというわけではないが雨が降るたびに思い出す光景がある。それは雨の中を走る緑色の車体のこと。
「何十年も前に青ガエルという愛称で呼ばれた車両があったんですよ」
「ああ、渋谷駅にあるやつね」
2006年から渋谷駅のハチ公口に置かれている旧5000系のトップナンバーの車両を多摩川も見たことがあった。
「晴れている時に走っている姿も良かったですが、雨に打たれながら走る姿も『青ガエル』の名前に似合って好きだったんです。最後まで私の所に走らなかったせいか、その姿がよけい羨ましくて」
多摩川が生まれる前に廃車になった車両のため直接走っている所を見たわけではなかったが、不思議とその光景を鮮明に思い浮かべることが出来る。だが、頭の中で思い描く車両の色は鮮やかな緑と深い緑の2種類があった。
「明るいのと暗いのどっちが好きだった?」
「明るいのと暗いのですか?」
「車両の色。2種類あっただろ」
多摩川が言う通り、旧5000系には運行開始したばかりの萌黄色と後に退色を防ぐために塗り替えられた深緑色があった。最近出来た路線がなぜそれを知ってるのだと言わんばかりに池上は目を見開いて驚くが、やがて何かを納得したかのように言葉を発する。
「両方です」
「なら良かったじゃん、7000系に両方入ってんだから」
アナウンスと共に多摩川のホームに新たに車両が入ってくる。車体に塗られた2色のラインが印象的なその車両は池上線と多摩川線専用に運行している東急新7000系であった。その黄緑色と緑色のラインは旧5000系の2種類の色に見えなくもない。
「その通りですね」
真新しい7000系を見ながら池上は嬉しそうに笑った。
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